アフリカ編 南アフリカ ケープタウン(2)市内観光① Iziko Slave Lodge
リアルタイムはCroatiaのDubrovnik。スルジ山に登って、アドリア海を眺めると、やっぱセレブな街なんだなぁと実感。アジア系の集団観光客が多いこと、多いこと。アジア人に人気のDuvrobnikですね。
南アフリカで、最も観光に適した街かもしれないCapetown。振り返って考えてみたら、普通に町歩きをしたのはココだけでした。
とはいっても、日中に移動。大通りした歩かない。背後や周囲を頻繁に見て、変な人がいないかチェック、は欠かしませんが。。
南アフリカで文化施設で観光した場所は2箇所、1個目はこのSlave Lodgeで、2個目はヨハネスのアパルトヘイト博物館。
今回はSlave Lodgeの紹介。宿から徒歩10分ぐらいで到着。Maps.meは見ない!紙媒体の地図に持って、おでかけです。地図も何度も見て、だいたいの場所は覚えておいた。
エントランス。なんと、国際学生証で割引してもらえた。割引で15RA(約150円)
奴隷の管理施設だったものを、公的機関として使用していたそう。それが、博物館としてリノベされたわけです。
現在でも1200万人の子供達が奴隷や子供兵士として世界中で人身売買されているという注意喚起。ひどい話だ。
これはエントランスホール。奴隷として働かされた彼らにとって、音楽やフェスティバルってとっても重要なイベントだったんだって。ただの祭りじゃなくて、彼らのIdentityというか存在、ルーツ?なんだと思う。その、衣装やお祭りの様子を紹介していました。
この建物の歴史を紹介するコーナー。
手枷足枷。
説明書きには、奴隷になる大きな3つの理由について記されてた。
①借金の返済の変わりの労働力。
②地方で誘拐されてきて、奴隷として働かされる。
③奴隷の母親から生まれた子供は奴隷。
どれも、切ない理由ばかりだ。
これ、有名な奴隷船のイラスト。世界史の資料集に乗ってた。劣悪な環境で、遠く運ばれてたんだって内容。
そして、当時の奴隷船の内部の再現コーナー。
私が一番驚いたのはこの展示。
南アフリカ出身の奴隷達が、このSlave Lodgeに収容されてたと思ってたんだけど、これは誤り。
ここに収容された奴隷達は、アフリカ出身じゃなくて多くは、マダガスカル、ザンジバル、遠くはインドやインドネシアから連れてこられた人達だったんだって。
一時的にケープタウンのSlave Lodgeに収容されて、ヨーロッパやアメリカといった遠方に売られていったわけだ。
で、インドネシアの伝統文化の紹介。最初は、なんでいきなりインドネシアなんだ?って疑問だったけど。。。
インドネシアからの奴隷が多かったので、その関連で展示が充実してたのね。
そして、展示内容は人種差別のテーマに移ります。
これは、鉄道駅のベンチ。黒人専用、白人専用と分けられてた負の遺産。
多くの活動家達の紹介。彼らの努力が実って、1994年にアパルトヘイトは中止されます。このポスターは1966年だから、約30年もかかったのね。
不条理な差別を受け続けた黒人達。今は、わだかまりなく生活しているのだろうか?
スレイブロッジの模型。奴隷制度が廃止になって、その後はお役所として使われていたらしい。
裏庭。今では、そんな悲惨な建物だったという痕跡は無くなっちゃっている。
忘れてはいけない事実なんだなぁ。
で、その帰り道。。。『Hi Yellow!』って底抜けに明るい黒人に話しかけられた。
Yellow? 今、Yellowって私の事呼んだの?親しみを込めているのか、私のようなアジア人への侮蔑の表れなのか、どっちなんだろう。
周辺の地図を載せておきます、気をつけて行ってらっしゃい!
では!
アフリカ編 南アフリカ(1) Windhoek→Capetownへの移動と、ケープ市内のバス移動『My CITI』について。
リアルタイムはクロアチアのドDubrovnikに向かうバスの中。本当はMontenegroのKotorに行きたかったんだけど、バスが無いのでしょうがなくDubrovnikに行く事に。
アドリア海の真珠と言われる、Dubrovnik、貧乏長期旅行者には似合わない街だと思う。(勝手な想像だけど)セレブ~な欧米人に紛れた小汚いアジア人中年女なんて嫌だぁ。
ナミブ砂漠でのレンタカーの旅が大きな失敗を残して終了。
意気消沈して南アフリカのケープタウンへの移動です。チケット300ND(2494円)
またもやお世話になったIntercapeの高級バス。今回は価格高めの夜行バスにしました。
かなりの高級バスでした。2階建バスの1階に座ったんだけど、ほとんどの客は2階に。
1階で正解。すぐに乗り降りできるし、トイレも近い。何より、客が少なくて2座席占有も余裕。Sleep linerっていうのが、その高級バスです。予約時に探してみてね。
・トイレは付いている。
・エアコン、テレビあり。
・アームレストの部分にUSBの充電コネクターあり。
ナミビア→南アの国境越えは、南アの入国審査が超厳しかった。
〜〜その日の日記から抜粋。
全員でバスを降りて、ナミビアの出国スタンプ。ナミビアの出国カードは乗車時にもらえるので、あらかじめ記入。歩いて隣の南アフリカのイミグレに移動。
パスポートを南ア係員に預ける。スーツケースを貨物室から出して並べる。
男女に分かれて、手荷物検査および身体検査。
ラップトップを持っていると、別室でシリアル番号をチェックされる。
この検査終了の頃には、男子の荷物検査が終了しているので男女で入れ替わる。
係員にスーツケースをあけるように指示される。この時、雑談的に滞在の目的、出発地、滞在日数を聞かれる。荷物検査が終了したら、パスポートが返却されて終了。出発。〜〜
バスはほぼ時間通りににケープに到着しました。到着時刻は忘れた。
これ、ケープの長距離バスターミナルの。隙をついて撮った貴重な写真。南アフリカの写真はさらに少なくなる。
何度も後ろを振り返りながら歩いて宿に向かいます。
花屋さん。そう花屋さん。花屋さん??アフリカで花屋さんなんて初めて見たよ。
ケープはヨーロッパみたいな観光の街。でも、決してヨーロッパじゃないので、身の回りの品には注意が必要で本当に疲れる。(ダーバン、ヨハネスの方がもっともっと疲れるんだけどね。。。)
〜My CITI 専用レーンを走る市内バス〜
交通情報のついでに、ケープの市内路線バスを利用したのでその情報提供です。
専用道路を走る、トランスミレニオ的なもの『My CITI』を利用してテーブルマウンテンに行った時の様子です。
専用のカードが必要で、バス停に併設の券売所でカードを購入してチャージして使います。
テーブルマウンテン麓のバス停まで30RD(1ランド=9円)で、カード発行料の30RD、合計60RDとられました。サービスは良く無い割には、何でもかんでも高い!
予想外の出費。発行してもらった乗車カードにチャージ。
1回券売ってくれ。改札で券売機にカードをかざして入場。
ごめんなさい、借り物写真。改札の中に入ると、ほっとする。わかる人にはわかる安心感。
バスの番号別に、乗り場が分かれてるので目的の番号のドアの前で待ちます。以下のリンクからルート検索できます。
https://myciti.org.za/en/routes/interactive-routes/
使う場面としては、Bay Areaを走る、テーブルマウンテンに行く、空港に行くぐらいかな?中心地の観光なら徒歩で十分。
専用車道を走るんだけど、それは中心部だけで、郊外になると一般車と混じって走ります。
なので、渋滞にも巻き込まれるし、何より車内の混雑が半端無い。
みんな入り口のあたりで、うじゃうじゃたむろ。誰も中央に詰めようともしない。後方は後方で、床に座ったり、段差に腰掛けてる人がいて、乗り降りもままならんし、かなり邪魔。誰か一人が降りるために、まず段差に座っている人が立ち上がって通路を開ける。そして入り口付近のうじゃうじゃが一度バスから降りて、誰か一人が降りた後、うじゃうじゃが再乗車。効率が悪すぎる。
これが、南アフリカなんだな。みんなのんびりしてて、もし日本に来たらストレスで体調を崩すかもしれないな。
では!あっ車内ではスリに注意です。
アフリカ編 ナミビア(10) ナミブ砂漠 Day3 日の出鑑賞とソススフレイ観光。車の損傷の話。
リアルタイムはBosnia-HerzegovinaのSarajevo。明日、クロアチアのDubrobunic
ドブロブニクに移動です。7:15分のバスで、早起き必至。
ナミビアのレンタカーの旅も最終日の3日目。日の出鑑賞から始まりました。5:10起床で、ゲートの開く時刻にはメインゲートに到着していた。
10分ぐらい待たされて、5:50にゲートがOpen。他にも何台かSUVが待ってました。
朝日鑑賞は、有名なDune45。
キャンプからD826の道路を走る事20分ぐらいで到着。
駐車場に車を止めて、砂丘を登っていきます。その間にも、どんどん日は昇る。
頂上にはたどり着けなかったけど、途中でも十分きれいだ。
砂漠嫌いの私が、よくここまで頑張って登ったもんだ。砂に足が埋もれて、しんどさ3倍だ。赤、3倍でピーンときたあなた!やったね。
みんな尾根に座り込んで写真撮影。元気な人は、さらに上に登ってた。
すごい景色。地球じゃ無いみたいな風景。
朝日に間に合わなかった人達は、砂丘の下で朝日を見てた。それを見て、戦友が一言。
『あの人達正解ですね。。。』あははっ、うけた。別に砂丘に登らなくても朝日は見えるもんね。景色もそんなに変わらないと思うよ。
夕方までにはWindhoekに戻る予定なので、ぐずぐずはしていられない。ソススフレイに移動だ。
ソススフレイは砂漠の奥まった所にあるので、乗用車ではいけません。途中の駐車場が、シャトルの発着場になってて、そこで専用SUVに乗り換えます。
Maps.meで駐車場のマークが出ているのが、そのシャトル発着場です。 往復の乗車賃、忘れてしまった。1000円ぐらい?
重装備な感じのサファリカーが待機してました。タンザニアのサファリカーとは違って、窓の無いフルオープンの座席。
ここから先はトイレが無いので、お手洗いにいっておいたんだけど、トイレ近くにこの子が居たよ。
こここの子って、カタール航空のマスコットでは?
これ、そうだよね?アンテロープファンにとって、嬉しい出会い。欧米系女子が近づいて写真とってた。そんなに近づくと危ないぞ〜。
シャトルは10分ぐらいでGig Daddyと呼ばれる砂丘近くに到着。
『また登るんかい!下からで良いや〜っ』て思ってたんだけど『絶対後悔するからっ』と戦友に説得された。ここまで来て登らないって話も無いし、渋々登る事に。
登らなくても干上がった湖は見えます。
しんどい、しんどい、しんどい。と心の中で呟きながら、登る。
ふーん。これがそうなん?テンション低め。
今度は下りて写真撮影。おっ!下から撮った写真の方がソススフレイっぽい。
すごー。枯れて、朽ち果てた木。不思議な景色。焦げてるのは、雷が落ちたのか?
一度、サファリカーに戻って、次はMig Mamaと呼ばれる砂丘に移動。
もう、登らない。日陰でぼんやり、集合の合図を待つ。
予想外にソススフレイの観光に時間がかかり、キャンプサイトに戻ったのは11時頃。慌てて昼食を食べて、Windhoekに戻ります。
Windhoekの宿は、前回と同じCardbox。
宿に帰還して、車のダメージに気づいた。
正直、いつこんなダメージを食らったのか不明。常に、道がアップダウンしてたからね。
翌日のAVISに返却時にも『なぜ、すぐに連絡しなかったのか?』って聞かれた。
正直に、いつダーメジをくらったのかわからない。さっき、気づいたのって答えた。
はい、修理代金150,000円、沈没。。。
私たちは『海外旅行保険で保証されるから、とりあえず今全額払おう。』と答えて、レンタカー会社の保険は使わなかった。
でも、海外旅行保険ではレンタカーの保証は適応外。
あ〜あ、修理代金は仲良く半分こになりました。まあ、人身事故じゃ無かったし、これも痛い勉強代金でって前向きに考えるしか無い。
日本総領事館の方にあれほど、注意されたのにこんなダメージを食らってしまった。
反省しようにも、とっても注意して運転してたんだけどねぇ〜。
ナミビアでレンタカー旅を計画している方、ほんと気をつけて下さい。
では!