Stairs to the world

41歳のMiddle ageの女性の旅行記。現在、中欧、東欧を徘徊中。

アフリカ編 南アフリカ ケープタウン(2)市内観光① Iziko Slave Lodge

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リアルタイムはCroatiaのDubrovnik。スルジ山に登って、アドリア海を眺めると、やっぱセレブな街なんだなぁと実感。アジア系の集団観光客が多いこと、多いこと。アジア人に人気のDuvrobnikですね。

 

南アフリカで、最も観光に適した街かもしれないCapetown。振り返って考えてみたら、普通に町歩きをしたのはココだけでした。

とはいっても、日中に移動。大通りした歩かない。背後や周囲を頻繁に見て、変な人がいないかチェック、は欠かしませんが。。

 

南アフリカ文化施設で観光した場所は2箇所、1個目はこのSlave Lodgeで、2個目はヨハネスのアパルトヘイト博物館。

 

今回はSlave Lodgeの紹介。宿から徒歩10分ぐらいで到着。Maps.meは見ない!紙媒体の地図に持って、おでかけです。地図も何度も見て、だいたいの場所は覚えておいた。

 

エントランス。なんと、国際学生証で割引してもらえた。割引で15RA(約150円)

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奴隷の管理施設だったものを、公的機関として使用していたそう。それが、博物館としてリノベされたわけです。

 

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現在でも1200万人の子供達が奴隷や子供兵士として世界中で人身売買されているという注意喚起。ひどい話だ。

 

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これはエントランスホール。奴隷として働かされた彼らにとって、音楽やフェスティバルってとっても重要なイベントだったんだって。ただの祭りじゃなくて、彼らのIdentityというか存在、ルーツ?なんだと思う。その、衣装やお祭りの様子を紹介していました。

 

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この建物の歴史を紹介するコーナー。

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手枷足枷。

説明書きには、奴隷になる大きな3つの理由について記されてた。

①借金の返済の変わりの労働力。

②地方で誘拐されてきて、奴隷として働かされる。

③奴隷の母親から生まれた子供は奴隷。

どれも、切ない理由ばかりだ。

 

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これ、有名な奴隷船のイラスト。世界史の資料集に乗ってた。劣悪な環境で、遠く運ばれてたんだって内容。

 

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そして、当時の奴隷船の内部の再現コーナー。

 

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私が一番驚いたのはこの展示。

南アフリカ出身の奴隷達が、このSlave Lodgeに収容されてたと思ってたんだけど、これは誤り。

ここに収容された奴隷達は、アフリカ出身じゃなくて多くは、マダガスカルザンジバル、遠くはインドやインドネシアから連れてこられた人達だったんだって。

一時的にケープタウンのSlave Lodgeに収容されて、ヨーロッパやアメリカといった遠方に売られていったわけだ。

 

で、インドネシアの伝統文化の紹介。最初は、なんでいきなりインドネシアなんだ?って疑問だったけど。。。

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インドネシアからの奴隷が多かったので、その関連で展示が充実してたのね。

 

そして、展示内容は人種差別のテーマに移ります。

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これは、鉄道駅のベンチ。黒人専用、白人専用と分けられてた負の遺産

 

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多くの活動家達の紹介。彼らの努力が実って、1994年にアパルトヘイトは中止されます。このポスターは1966年だから、約30年もかかったのね。

 

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不条理な差別を受け続けた黒人達。今は、わだかまりなく生活しているのだろうか?

 

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スレイブロッジの模型。奴隷制度が廃止になって、その後はお役所として使われていたらしい。

 

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裏庭。今では、そんな悲惨な建物だったという痕跡は無くなっちゃっている。

忘れてはいけない事実なんだなぁ。

で、その帰り道。。。『Hi Yellow!』って底抜けに明るい黒人に話しかけられた。

Yellow?  今、Yellowって私の事呼んだの?親しみを込めているのか、私のようなアジア人への侮蔑の表れなのか、どっちなんだろう。

 

周辺の地図を載せておきます、気をつけて行ってらっしゃい!

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では!